2014年12月14日(日)

長野県白馬村地震 棟梁の報告

地震勃発から1週間 12月1日より倒壊建物の撤去作業が始まると報道にて知り、倒壊原因調査のチャンスを失うことを恐れ、取るものも取らず電車を乗り継ぎ(茅ヶ崎駅→橋本→八王子→松本→白馬駅)6時間ほどで小雪ぱらつ日没のく白馬終着駅にたどり着いた、乗客の一部は乗り換えのため
( 白馬から先は線路崩壊のためか)、JRが準備したタクシーやマイクロバスに案内され、オーストラリアからのスノーボーダー3名他、通学生達10数名が分乗し奥地へと向かっていった。
(白馬のスキー場は20年程前に一度深夜バスにて訪れたことがあるスキー場でもあります)
線路を境にアルプス側(白馬各スキー場)にはホテル民宿が多く幸い被害が少なかったため、線路を挟んだ反対側(農家が多い)の震災被災者の方々がほどなく訪れるスキーヤー宿泊施設を仮の避難所として各被災地区の村が契約し食事代は自己負担?で被災者の宿泊所としているようであった。
ちなみに私が宿泊した白馬ロイヤルホテルにも被災者の方々の姿があった。
翌日早朝より被災地に詳しく、報道関係者を案内していたという地元のタクシーをチャーターし被災地をくまなく周回、了解の上倒壊建物や半倒壊の家屋に潜り込み家具の散乱状況や、倒壊原因の引き金となったであろう部位を探してはデジカメ2台におさめ、その数は4時間ほどで1000枚強となり、カメラのバッテリーも限界。
前日早朝よりガラ系携帯電話での連絡、仕事関連の緊急相談電話やメール対応しながらの震災地調査は心身も又限界、幸か不幸か会社との連絡に使っていた携帯電話のバッテリーも又限界とこれ以上の滞在は無理と判断、帰路は穂高より乗車し12月2日21時懸念していた余震にも遭遇することなく無事会社へと戻れた。
調査総費用(茅ケ崎白馬往復JR足代、チャーター車代、宿泊代 〆て5万円弱)
阪神神戸大震災、新潟中越地震(山越村)、能登沖地震、新潟中越沖(柏崎刈羽原発)東日本巨大地震等震災のつど被災地調査を行ってきたが一つとして被災地や倒壊原因は同じ状況ではありません。
白馬地震はたった5秒の揺れで50棟もの建物が崩壊してしまい被災者の皆さんは降雪の季節を迎える現実があるのです。
今回の被災建物では地盤の影響が大きく今までの被災地では見られなかった建物周辺に亀の甲羅のような地割れが見られたこと、構造材の大きな断面の柱、2階梁、小屋梁等の破断や仕口、継ぎ手の外れが他地区よりも多かったと感じています。
私の地震被災地調査研究も25年ほどになりその都度倒壊原因は弊社の新しい建物に生かされていることは弊社でなければできないことだと自負しています。
震写真展(阪神淡路大震災~白馬地震)は来春機会を見つけ開催したいと願っています。
必ず発生する地震の震源地がじょじょに私たちの暮らす地域へと迫っていることが気がかりです。
カウントダウンはすでに始まっていることを心にとめて行動することが大切です。
発生時のため私たちのできる事は、地震発生時の救援資材の確保備蓄、既存建物の耐震診断調査、耐震補強こ工事、建物内の家具転倒による被害防止のため家具の転倒防止作業などを行っています。

2014年11月09日(日)

今年も始まった小中学校・体験木工教室

事の始まりは要請があり、カルチャーセンターで木工教室の講師役を引き受けたことがご縁で、市内の小中学校からの要請を頂く事が多々あり、いつの間にか毎年5校~6校の授業を引き受けています。
今年は梅田小学校3年生140名、小和田小学校2年生130名、松浪小学校3年生140名余の生徒達とのふれあい木工体験教室を、梅田中学校、萩園中学校、からの職場体験生徒の受け入れ、鶴嶺中学校
への木工出前教室を受け持ち、小学校2校、中学校1校を消化ホット一息というところです。
この教育奉仕もすでに10数余年続き、卒業生からは弊社へ入社、大工職人として一人前に技術を習得し、巣立っていった頼もしく可愛いかった元生徒もありました。
弊社の腕の良い棟梁に厳しくも愛情受け、良いクライアントに恵まれ技術を習得したからには仕事の内容を選び期待に応えられる仕事をしてほしいと願っています。
予算の限られた建売住宅等の仕事を引き受け、短い工事期間や低い予算から、やむを得ず粗い仕事や手抜き仕事になりさがると、手が(腕前が落ちる事)荒れてしまい、注文住宅職人とは別扱いとなってしまいます。
腕の良い大工職人さんを永年専属で工務店に留めていられることは、目利きの良いクライアントに認められているからに他ありません、そのためには工務店としても決してお施主様に妥協を求めず、
自らの技術に妥協してはならないと心に決めているのです。

2014年11月02日(日)

タニタの体重計

棟梁は1939年生まれ、体調管理のためタニタの体重計にのり一喜一憂しています。
最近の体重計では身長を登録すると・体重・体脂肪・皮下脂肪・内臓脂肪・体幹年齢・体幹バランス等を知ることができるのです。
自己満足ではありますが我が体幹年齢・体幹バランスは50~60歳台の数値を表し、他の係数も成人病からは程遠い数値を表しているのです。
自慢の健康体を過信して天職の大工仕事に、登山、スキー、テニスに興じていた結果肩鍵盤断裂、左足膝半月板裂傷、右アキレス腱断裂と心以外は満身創痍、今年は大事を取り富士登山は断念したがテニスは復活、75歳の手習いと手術ハンディーを取り戻そうと夜間テニススクールで孫年代の年齢層の若者たちに負けじとラケットを振り回しています。
さらに年末からはスキーも復活、来年のことを言うと鬼に笑われると言い伝えがあるが久しぶりに海外スキー行きに再チャレンジ、そのため足腰を鍛えて行かねばと整形外科に通いつつスクワットに励んでいます。
ちなみに整形外科で検査した骨密度等は40歳代とうれしい結果のデーターでした。
私の所属テニスクラブは湘南ローンテニスクラブと姉妹クラブの湘南インドアテニスクラブ。
いくら頑張っても上達は望めず落ちこぼれないよう励むのみです。
再入会目指すスキークラブはBEST SKI ACADEMY(BSA)日常生活に支障のなくスキーが好きで、学習意欲のある50歳以上の人が入会を許されるアカデミーです。
50歳からのスキーライフを楽しむ方にはベストのクラブです。

2014年11月02日(日)

工務店系リフオーム(外科手術)と内装業系リフオーム(美容整形)

過日棟梁のひとりごとがご縁でお問い合わせをいただいた。
1960年生?自称デザイナーの素敵な女性、ご自分で設計された設計図を持参されての初対面でした。
ロケーションの良い湘南のリゾート地に建つ、経年劣化の進んでいる中古マンション(占有部分75坪)の1階室を購入、完全に内部をスケルトン状態にし、新たに持参された図面に沿った施工希望を伺い、現場の調査、打ち合わせを重ね相見積を条件に詳細の見積を始めた。
表面に現れた仕上がり部分の見積もりには頭を痛めることもなかったが、表面からは見えないが明らかに劣化が進み、補強を施さなければ何れ大きなひずみの現れることが明らかな箇所、依頼された見積もり希望条件からは逸脱した作業であるが、技術系工務店が施工するには見過ごすことは許せない
為、修繕補強工事費用を加算した見積書を作成、工事期間100日を提示判定を待ったのでしたが!
競合内装業者は工事期間を弊社の半分である50日を提示!
誇り高きポリシー(技術に妥協せず他に妥協を求めず)理念遂行の結果、理念の違う?業種との相見積に見事敗れてしまったのである。
難易度の高い医術をこなす名医による患部摘出、代替え移植外科手術を選ぶか!
美容整形外科を選ぶかは患者様のみができる治療方法の判断ですから!結果も判断者の責任!
ここで下手な詩を一句献上
あいみつに りねんまもりて やぶれしも わがこころはれ けっかあわれむ 
相みつに  理念まもりて  敗れしも   我が心晴れ    結果憐れむ  
(理念を実行、安全完全な工事を提案したが、理解できなかったことを気の毒と思うが、理念を通せた我が心の強さに感銘)

2014年09月07日(日)

快進撃 全米オープンテニス錦織圭選手決勝に進出

錦織圭選手、全米オープンテニス決勝に進出と加賀妻工務店、40年前30歳台で始めた趣味のテニス、
当時は天皇家特に皇太子様と美智子妃殿下がテニスを楽しまれているニュースが報道され、テニスブームであった。
私のテニスデビューは湘南の軽井沢と称された湘南ローンテニスクラブであり、現在もメンバーであるが主として最近は姉妹クラブの湘南インドアテニスクラブで相変わらずの落ちこぼれテニスを続けています。
テニスやスキーで痛めた膝や肩断裂手術のリハビリ中ではありますがテニスは楽しいスポーツです。
私の背中を見て始めた娘、孫、ひ孫達は自慢の頼もしいテニス家族です
・ハードヒッターで40代の娘恵子(社長夫人)
・バイトでテニスコーチをしている市民大会優勝者の大学生20歳の孫大地
・リフーム部所属、孫雄介の子5歳のひ孫 憲心と自慢の4世代のテニス一族です。
すでに娘や孫の技術レベルにはついていけずに置いてけぼりの、落ちこぼれテニス人生ではありますが、いずれはひ孫をパートナーにテニス大会に出場することです。
マッケンロー・ボルグ・コナーズ・の時代から現在のテニス界は錦織圭選手の時代へと、ラケットの進化とともに試合スタイルも変化し進化しているのですね!
残るは錦織圭選手の優勝を願うのみですが、今年は残念な結果で次につないだ事が次への飛躍のステップとなることを信じ、次なるチャンスを期待し待つことにしましょう。

2014年08月15日(金)

今日は終戦記念日

1945年(昭和20年)8月15日から70年、今日は70回目の終戦記念日です。
私はこの24日で75歳となり、後記高齢者の仲間入りです。
父はニュウギニア マノクワリで戦病死(マラリア)遺骨はありません。
数年前には私もニュウギニアを訪れ父が眺めたであろう山河、サンゴ礁の海をわが目に焼き付けました。
戦争がなければ父は訪れ眺めることも、触れる事もなかったであろう美しい海、そして素朴で明るい原住民の人々、祖国に帰ることはかなわない父ですが美しい海で好きであったと、故母きよさんから聞いた魚釣りに興じていてくれればと願っています。
その後同じく激戦地であったパラオ、ラバウル等を訪れ戦争に巻き込まれた国々、過去の人々を忍び現在も紛争の続く地域の人々に平和な暮らしが訪れることを願い、久々のブログでした。。

2014年05月07日(水)

宮澤賢治と建築Gメン(欠陥建築を正すNPO)

                         
私は建築一筋に60年の長きに渡り現場に従事し建築のなんたるかを語り、示し、現在も若い社員並びに職人衆の指導を行う立場にいます。
相談員の皆さんの中には職人や施工業者がすべて悪い事を前提に相談者の不安を増幅させて、相談や調査に当たっておられる方も見受けられますが、私は職人衆や施工者の立場でものを考え相談者の不満不安の解消と向き合っています。
相談を頂くエリアは非常に広く北海道から九州まで相談内容も様々ですが極力電話相談内で相談者の悩みは解消させてきたと自負しています。
・一番多いのは雨漏りの事~始まり・隣接建物は合法なのか?・隣接建物の話し声が聞こえるのは?・隣接住宅で子供がはねる振動がつたわるのは?・静かなときに家鳴りがするのは?・建物が傾いている・白アリではない昆虫が発生したどうしたら?・施工業者に苦情を述べたが対応しないので訴訟を起こしたいのでどうしたら?・施工会社が倒産した・
等々を延々と相談長電話に対応していますが調査依頼があれば私個人での行動はせず、その時々の案件ごとに適任者をGめんの名簿から実働可能?者の情報をお知らせしていますが責任はとれませんので情報のみにとどめ紹介はしません。
私が行動しないのには理由があり、近隣調査依頼では顔見知り同業者の関連する案件が多く調査がしにくい事、そのような事情から公平さを保つ事が難しい等あります。
そのような事情もあり過去においては報酬を得ての調査はせいぜい1~2案件ほどと記憶していますが個人情報を考慮したため資料は残していません。
次に相談者との対話について、先ずは相談内容を聞く→ 築年数を聞く→ 地域を聞く
(住所、名前は聞かない)業者名は問わずとも相談者が口ずさむ為知ることとなる。
その後相談者の心配事へのアドバイス、
・第三者の調査を入れる場合には先方に承諾を得ること
・建築された業者とは良い関係で接して逃がさないこと(保証期間もあり、他業者を入れ るとこれ幸いに業者は手を引いてしまい本末転倒となる恐れあるから)
・残工事のクレームは瑕疵保険では対応されないことを説明後に、瑕疵保険が使える場合 には他業者への依頼も保険対象となる等。
(瑕疵保険が使える状況であれば施工者への対応は強気で接しても後対策が保証される)
・時には相談者の深い思い込みや無責任無知な第三者調査員の弁が過ちと諭す事も。
・立派な事を語っている第三者調査機関の中には、クレーム?相談の多い伝統工法木造建 築を理解せずに断面 欠損がどうの手抜きだこうのと無知丸出しででっち上げ相談者を 愚弄する輩もいる等話すことも。(相談を収益業務としている第三者機関の存在等)
 以上が過去行ってきたボランテァ相談業務の報告書であり、わずらしい個人情報保護を 踏まえ一切の相談記録は相談者との電話切断時に抹消しているのです。
これからの活動は組織を離れ単独で悩める、誠の住宅被害者や被害妄想者の相談、カウンセリングにと過去に経験し積み重ねた知識を生かし宮澤賢治の詩の如く何事にも負けず活動していきたいと考えています。

2014年04月26日(土)

久々に図面を描く

現在は事務所の改装中です。
苦労人だったきよさん達と築いたこの建物は昭和56年以前に建てた地震には弱い住宅を買い取り長い年月をかけ増改築を重ねた建物です、購入時13坪の平屋もいつの間にか延べ200坪を超える建築物に成長しています。
昨年からの計画で地震災害に強い建物に作り替え次世代に残す為の作業です。
大災害の度にボランテァをかねて被災地を調査その経験から地震に強い建物へと変身信させます。
昼間は職人さんと事務所の改築作業でしたが今は殺伐とした工事の騒音を避け深夜になって住宅の図面を描いています。
設計者は皆そこに住む人に喜んで欲しいとの思いから時間を惜しまず描いています。
弊社社員も24時を過ぎやっとキャドから離れ退社していきました。
私も負けずに描いていますが社員の優秀な能力には追いつかず25時を過ぎても終えられません。
きよさんのそばで好きな仕事に打ち込む、素敵な笑顔に出会いたくて描いています。
描いた図面が時空を超え現実の作品となり暮らす人を幸せに出来るのだと考えています。
私のビジョンは頼られ信じてくれる人々の為に心をこめて応える事です、見返りは笑顔です。
我が社の社員も同じだと信じ願っています。

2014年04月25日(金)

・光陰矢の如し・後の後悔先に立てました

4月23日は最愛の辰年きよさんが旅立った記念日。
来年は早くもきよさん7歳の記念日
想い出は忘却の彼方へ!
4ヶ月ぶりにブログに目覚めた日。
光陰矢の如く
今年は75歳を迎えるが、先ずは後の後悔を先に立てて、我が年が101歳となった記念の日に後悔しないよう、思った事は言葉にだし、ブログに書いて実行に移すことにしたのです。
先ずは怪我の手術で失った肩と足の筋肉増強をスポーツクラブで達成し、シーズン到来のテニスへ再挑戦、。
ビジネスでは、棟梁生涯現役宣言続行、新規事業部推進、ロマンに満ちた我が人生の達成感!
諸々実現の早道は世間に向かって宣言してしまう事なり。
我が人生訓より

2013年12月01日(日)

工務店冥利につきるお施主様からの一言

このところ公私共多忙のあまりブログを書く気力が薄く久々のブログとなってしまった。
きっかけは世間様へのご恩返し、人助けになればと損得を考えずにお受けした仕事であったが、訳を察した職人衆一同が知恵を絞り工夫を重ね完成させた、結果的には難工事ではあったがとてもやり甲斐のあった仕事を最高の状態に完成させた建物のお施主様から頂いたメールをご披露したくて思い腰を上げた次第であります。
(弊社を信じて任されたお心の暖かい素晴らしきファミリーご一家の為にと職人衆が心を一つに挑んだドキュメント通信簿抜粋)
加賀妻様
おはようございます。
ご連絡ありがとうございます。
追加代金について了解いたしました。
今週中にお振込みいたします。
厳しい条件にも関わらず、工事をお引き受けくださったことに、
私たちは本当に感謝しております。
金額についてもご配慮いただき、
なんとお礼を申し上げてよいかわかりません。
ご提示いただいた額はお支払できるちょうどぎりぎりの線でした。
母の住まいを優先したため、自分たちの住まいに住宅ローンは組めず、
ずっと賃貸生活が続くのだろうと思っていました。
雑誌で加賀妻工務店さんのお仕事は拝見していたので、
お引き受けいただいけたときは、心底心強かったです。
工事を機に家族に会話も戻ってきました。
いろいろな変化が生まれてきて、夢のようです。
私は今、障がい者雇用を専門に行う部署にいます。
工事も無事終わり、仕事にもますます身が入ります。
これから、全国の雇用対策に乗り出そうと思っています。
仕事が順調なら、ローンも順調に返済できます。
早く返済して、また加賀妻工務店さんに
仕事をお願いするつもりでおりますので、
ご健勝でいてください。
(個人情報に配慮し一部削除)
私たち職人衆とは、この一言を得たく、汗水流しプライドもって仕事を仕上げる事に生きがいを感じています。
弊社の職人衆に関わらず古今東西、町場の工務店に属する職人衆とは一度お受けし手がけた仕事には決して手抜きは出来ない人種なのですが、そのプライドを逆手に心ない一部の建設事業経営者が破格の手間賃で職人衆をこき使い業績を伸ばしているのご存じであろうか?
ぎりぎりの日当で魂を抜かれた一部職人衆の作る身を削った建物には住まう人の心も満たされないのではないであろう!