2016年04月30日(土)

2016/4,25熊本空港へ

熊本空港の発着便が正常に戻り予定より10日遅れの25日にようやく熊本入りがはたせたのである。
茅ヶ崎始発am4時55分のJR.に乗り6時前には羽田空港へ到着、熊本行きam7時発・そらしど航空でいざ熊本へ、降りたのはam9時頃であった.
当初は長期の滞在計画であったが、宿泊先が決まらない、阪神大震災時には被害があったが倒壊を免れたキリスト教会に、余震修まらない中宿泊することが出来たのだが!
水食料寝袋持参での行動であったが雨天であったため野宿もままならず、同日AN(全日空21時発)最終便のキャンセル席を確保しで、やむなく帰路についた。
余談であるが・そらしど熊本航空便の代金は片道シニア割引きも有り15,000円ほどであったが、帰りのANは割引もなく正常料金が43,000円と代金の大幅な違いには戸惑ってしまった。
ちなみにチャーターしたハイヤー代金は時間当たり4,000円でした。
熊本空港→益城町災害ボランテァセンター(登録)→西原村役場→熊本城→南阿蘇手前→益城町役場熊本空港のルートで帰社。
(被災地の村までの移動はハイヤーで被災地ではリック背負い徒歩での周回)
過去のボランテァ目的は震災建物の応急危険度判定業務であったが、今回の目的は診断士が診断し青、黄、赤紙が張られた建物似ついて周辺の被災者に判定の目的を話し、赤紙が即倒壊建物となるわけではないこと等説明し被災者の心のケアに努めたのでした。
写真は被災地での活動しやすいこと、ヘルメット、危険度判定士の腕章着用で身分を証明することが出来た。
DSCN6123_640.jpg

2016年04月28日(木)

日本列島亀裂と棟梁ブログの目覚め

昨年8月に終戦時ドキュメント映画・日本の一番長い日について触れてから、はからずも誕生日を迎えた同じ8月頃か棟梁は粛々と棟梁ブログは真夏から長い冬眠に入り、熊本地震の激震で一瞬にして目が覚めたのでした。
永年の震災被災地調査の経験から震災博士を自負する棟梁は直ちに熊本入りを決意し熊本空港までの航空券を購入、いざ!熊本へ、ところがである、気象庁発表した熊本地震の本震命名タイミングはその夜に発生した震度7の激震のため余震となり新たに本震と発表されたのでした。
空港は閉鎖され棟梁の出鼻もくじかれてしまったのである。
空港再開までのブランクを埋める為、冬眠中の真夏の長い夢の記憶を想いだして見ることにしよう。
8ヶ月もの間の夢物語はアラビアンナイトの世界のようではないが!奇奇怪怪でもないですが、一夜にして語り尽くせるものではありません。
日本列島がさらなる激震に襲われぬうちにボツリボツリト・千夜一夜物語棟梁編を紐解いてみよう。
今日はここまで、
まずは熊本地震被災地の復興をいのります。