2012年06月30日(土)

明日は富士登山の解禁日

今日7月1日富士登山の解禁日、未だ山腹には雪が残っているようです。
写真は、屋久島登山全日雨模様の天候の一瞬運良く撮影に成功、年に一度健康診断で行く山中湖のハイメデック健康診断施設で早朝写した写真です。
健康診断の結果はこの富士山の姿にも勝るさわやかな結果でしたから今年も例年通り富士登山にチャレンジするつもりです。
ハイシーズンは登山口付近の駐車場の確保が難しく、登山口から1㌔ほど下界に路上駐車を強いられる事になる恐れがあるので、昨年はJR御殿場駅からバスにて富士山5合目の須走登山口へ、そこで1時間ほど身体を高度にならしてから頂上を目指したのです。
体力の衰えた現在では通常の人の倍、10時間程をかけての登山でした、頂上には23時30分頃の到着、日の出時間までの6時間ほどは神社の軒先で寝袋に入り凍えながら日の出を待ったのです
が、寒さと疲れ足のこむら返りに襲われ苦痛が伴い、一睡も出来なかった事が思い出されます。
登山は登ってしまった距離だけ自己責任で下山しなければなりません、疲労困憊の身体を筋肉の衰えが目立つ両足のきしむ膝小僧で支えながら思ったことは、こんなにきつく感じるのであれば来年は登山は止めようと幾度となくつぶやきながらの下山でしたが!
屋久島縄文杉登山を終えた今新たなる富士登山挑戦への気持ちが高まってきたのです。
年齢を自覚した今年の目標は17時頃に頂上へ到着、屋根のある山小屋に宿泊して夜空☆を眺め
るのんびり登山を考えています。
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2012年06月27日(水)

屋久島へ縄文杉に会ってきました。

24日羽田を発ち25日早朝の6時荒川登山口より大工職他13名がガイドさん2名に案内され小雨の中を10時間のロングコース、その先に待つ縄文杉をめざし出発しました。
光陰矢の如し、このブログに向かったのは一月前でしたが開いたままで一月も放置してしまったのである。
このひと月は特に大きハプニングもなく平穏の内に淡々と過ぎた日々でしたが、平穏のあまりそろそろ地震に対する備えも忘れがち、茅ヶ崎市が毎月行っている地震に対する啓蒙、タイアップ90の耐震相談会もかんこうどりでした。
災難は忘れた頃にやってくる!
テレビでは相変わらず東日本災害や、原子力発電(東電)の話題で視聴率は上がっているのであろうが、地震国、火山国に暮らす視聴者は対岸の火事程度にしか感じてはいないのであろうか?
旅先の鹿児島でも桜島が噴火を繰り返し我々が訪れた日も噴煙を上げ小爆発が繰り返されていましたが、市民の爆発噴火時の関心ごとは風向きによる火山灰の行方が洗濯物に影響をあたえる事であった、いつも自然の脅威による被害が至る処で起きているにも係わらず平次は・カエルの面に何とやらである。
奇しくも本日テレビにてマリナーズの一郎選手がヤンキーズへ移籍との報道と一郎選手のインタビューを聞いた弱いチームから強いチームへ自らの希望もあり移籍が実現したと言うようなニアンスのコメントではあったが!マリナーズオーナーの一存?で優秀と思われた人材のトレードには球界のみならず広い範囲で激震が走ったのです。
野球界では日常茶飯事のトレードではあるが、今朝発表されその日の内に移籍先ヤンキーズでのプレーが行われるなんてことは、一郎フアンのひとりとしては突然震度7の大地震勃発、即避難先での救援活動開始に値するほどの準備不足ではなかろうか?
備えあれば憂いなし、ヤンキースへ行っても一郎選手なら当然の備えで挑む新天地であろう、我々も突然にユーザー様からトレードに出されないよう自惚れを排し謙虚な気持ちで社長を始め社員共々日々研鑽しなければなりません。
屋久島の報告が飛び火してしまい本末転倒でありますが、数千年の時を生き抜いた屋久杉に出会えた事は木材を愛する私に取っては母の懐に抱かれた気持ちで元気をもらい、高齢者屋久島登頂最短時間登山ベストテン入り記録の保持者としての名誉を屋久島観光協会より授かった事は何よりの喜びであり今後の活動の善い自信に繋がる快挙と自負しているのです。
後日屋久島観光協会から貴重な屋久杉で作られた記念の証書と写真立てを授受されました。
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2012年06月18日(月)

世界一のスカイツリーは我々建設職人の手で作られた。

友人の紹介でスカイツリーに行ってきました。あいにくの天気でしたがかえってスカイツリーの壮大さを実感させられた,。
午前八時タワーの真下から仰ぎ見たツリーの姿半分以上が雲の上なのです、受付でチケットを交換、即40人乗りエレベーター50秒で350mの展望台へ,収容人数2000人、そこから1000円払って更に100m上の展望回廊へ30秒収容人数900人、上ってしまえば入れ替え制では無いので好きなだけ滞在する事もできたが高さ450m雲の上のフロアーでは落ち着かず早々に地上におりた。
雨模様であったため眺望は東京タワーが、かすかに見えていた程度であったが晴れた時の眺望は素晴らしいことであろう。
スカイツリーの鉄骨は37,000本以上で同じ形の部品は、ほとんどないため部品作りはすべて手作業で一番大きな丸鉄骨柱は直径が2,3m厚さ10cm一日がかりで丸め長さ10mの誤差は±3mmの精巧さ・作られた部材は深夜に建設現場へ届けられ、100人の現場監督と800人の職人たちがそれぞれの得意な技術を生かし世界一のタワーづくりに挑どみ、中でも高い技術のクレーンオペレター5人と無線で連絡を取り合う高所作業を得意とする、とび職人の活躍あってこそ出来た偉業だそうです。
ちなみにオペレーター室は2畳ほどの広さの中で一日中作業をする為には、じょうごとペットボトルが欠かせない必重品であったようで一人密かに納得、地べた近くで働く我々も、天空で働く彼らも行きついた現役職人の知恵袋は天地人とも同じものだなと親しみを感じたのでした。
スカイツリー下の墨田水族園も又、素晴らしくクラゲやペンギン等 珍しい魚たちを観賞した。
帰りには丸ビル上階に上り東京駅舎の復元されつつある様子を眺め歴史に残る新旧2個の創造物が何れも職人の手作りであることに誇りを覚えたのでした。
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