2011年03月30日(水)

未曾有の東北関東大震災復興支援街頭募金

震災の起きた3月11日の金曜日から17日過ぎた月曜日、茅ヶ崎ライオンズクラブでは、茅ヶ崎駅橋上広場で・東北関東大震災復興支援街頭募金をおこなった。
寒川、茅ヶ崎のライオンズクラブ有志が集まり支援募金を企画したのは震災の直後であったが、このような時でも警察署は街頭を使っての支援募金の許可を速やかには出さなかった為、半月以上も過ぎてからの支援募金となってしまったのである。
私が警察署長であれば自らの責任で超法規判断で即許可を出したであろうに。
現実の世界では、現職の所長ともなると保身のためか、くどくどと難癖な理由をつけ許可を出し渋るのです。
10時~15時の間の成果の程は市民の皆さんの協力のお陰で40万円程が集まった。
この支援金は330 B地区ライオンズクラブキャビネットに集められた後に被災地へ届けられることになっています。
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2011年03月20日(日)

被災地の皆様を思うと

多くの取引先からFAXご届いています。
震災の影響で工場が被災し操業できずご迷惑をお掛けし申し訳ないとの内容です。
建材が納入されず工事が遅れ入居が数ヶ月も先になる、しかも確約も出来ない事をクライアントに報告、返された言葉にその方の人間性を顧みられた、賃貸マンションに住み既に次なる入居者が決まり立ち退きをせがまれることは明らかであるにも係わらず穏やかな言葉で状況を理解され工事の遅延を快く受け入れてくれた方。
心の内は穏やかではないはずである、ご自分は現在の居住地を追い出されても、落ち着ける先がないが、被災地の皆さんを思えば愚痴を言ってはならないとの悟りなのでしょうか?
そんな矢先、私を含め被災地の皆様の心を逆なぜするようなFAXが届いたのです。
何一つ被害も受けずに世間の皆様のお陰で営業をしているはずの事業者より、震災の被災者を思いやるような言葉とは裏腹に、この事業者は雨が降ったら営業を停止しますと、放射能に過剰反応したのであろう、取り乱したFAXで営業方針を知らせてきたのでした。
実業家としては一目おくほどのご人格者であるはずの人も一種のパニックに陥ってしまったのであろうか?
日本の危機、国民の全てが一丸となって協力し支え合いこの窮地を乗り越えなければならないときである、いざという時に見境なくパニックになるようなリーダーは日本の将来には無用な人物であり尊敬に値しないと考えてしまったのです。
こんな時こそリーダーの資質が問われエリート集団からではない思いもよらぬ人が頼りになるのでしょう。
さて自分は今何をするべきか、何が出来るのか?ネットを探っても答えが見つからない

2011年03月15日(火)

大震災被災地への通行証

通行証 高速道路のフリーパス(無料通行証)は被災地からの要請がないと行政は発行難しいかも知れません。
帰りの通行証は被災地の役所で自発的に渡してくれます。但し各料金所で通行証は回収されてしまうので、写しを必要分コピーしていく事が必要です。 
被災地付近の道路は警察が交通整理をしていますから目立つよう目的を書いた看板を車両に書くことで多分被災地へは入れると思います。
到着したら保険加入のため、ボランティアコーデネートセンター又は受け入れ行政に登録をし手下さい。
救援物資が余っていてもそれらには手をつけてはなりません、食事も自弁です、念のためお伝えします。
寝袋、ヘルメットお忘れなく。 当然野次馬は歓迎されません。
加賀妻
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2011年03月13日(日)

消防40メートルはしご車をモンテンルパへ寄贈の取材

今年度、私のライオンズクラブでの役割はPRESS、すなわちライオンズクラブの会報に記事を書き、写真を写し編集をする事なのです。
過日は江ノ島燈台に車椅子に乗った方々を車椅子ごと頂上の展望階へご招待したときの記事を書き、今度のお役目は、藤沢のライオンズクラブがフイリッピンモンテンルパに40メートル級はしご車を寄贈する為の贈呈式の取材です。
藤沢市消防署が20年間所有したベンツ消防はしご車をライオンズクラブに払い下げ、ライオンズクラブが船賃を負担して、フイリッピンモンテンルパに寄贈したのですが驚いたことになんと、払い下げの代金は0円との事でした。
処分費を払わないとはしご車は処分できないのだそうですが過去20年間、私の知る限りではこの40メートル級はしご車が活躍するような火災他災害が発生し出動した記憶がないのです。
年式は古いですがほとんど活躍していない新車のようなはしご車を無料で払い下げ船賃を負担してまでして発展途上国に寄贈する事は素晴らしい奉仕ではあるが今の日本経済国力を考えるとなぜかむなしいものがある。
このページには後日談があり私の不注意な思い込みから間違った解釈でむなしい表現の文章を書いたことの反省、事実はこの事業(消防車寄贈)には多くの方々のご尽力があったことで実現出来た金銭には換えられない苦労があった事を知らされ、私の書いた文章によって関係各位に多大なるご迷惑や不快感を与えてしまったことを、遅ればせながら知りあらためてお詫び申し上げます。
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2011年03月12日(土)

毅然としている 枝野幸男 官房長官 

かってエーズ薬害で活躍、名を知られた管首相、今はその面影も迫力もなく抜け殻となってしまった事は誠に残念でならないが同じ民主党の中から新たな人材、毅然としている 枝野幸男 官房長官の対応姿が頼もしく目に写った。
政治の世界も自然界とまさかの連動?茅ヶ崎の市長選の争点も市庁舎の耐震問題、このタイミングでの東北地方太平洋沖地震は茅ヶ崎の風見鶏?政治家にとっての戦略変更はあるのかな?
そろそろ好きな事をと仕事量の制限を始めた矢先、この大震災は私にとっても人生計画の修正を考えねばならぬのかな?もう人肌永年培った耐震調査の経験を世のために。
仕事人間改め心機一転、中途半端で中断していた趣味のテニスプレーヤーとしてステージに立つ計画も実現させたいと願って居る昨今でしたが。

2011年03月12日(土)

東北地方太平洋沖地震と津波も届かぬ屋根の上

昨日は屋根の上で大工職が作業をする建築現場が2ヶ所あった。
一つは江ノ島弁天近くの新築現場。
一つは古戦場稲村崎海岸で行っているスケルトンリフォーム現場。
何れも海岸から500メートルに満たない建築場所での屋根作業です。
不幸中の幸いと言うと宮城方面被災地の皆さんには申し訳ないが、もしも地震発生が4時過ぎであったなら作業工程から予測して屋根よりの落下者が複数出たであろうが、一時間早い地震の発生であったため工程は屋根の垂木を取り付ける作業中であったため、職人達は自ら打ち付けた垂木につかまりかろうじて落下を免れたのである。
事務所で迎えた地震波、事務所社員達の反応は千差万別、机の下に身を隠す社員、机につかまり何食わぬ顔の人、人それぞれの対応であったが人的災害がなく何よりであった。
現場への連絡は1時間ほどは不通であったがその後はメールでの安全確認ができて、ひとまず安堵したのでした。
テレビで見る被災地の状況から不思議に思えるのは津波の後にはコンクリートべタ基礎らしきコンクリート痕は見あたるが、その上のアンカーボルトで固定されている筈の土台が見あたらないのが不思議である、コンクリート布基礎の見あたらないのは木造住宅木材の浮力で布基礎が建物に付いたまま流されてしまったのだと思うが疑問も残り時間が取れればボランテア協力をかねて現地調査に向かいたいと情報収集に努めている処です。
そんな折、本日16時に新潟県建築士会から応急危険度判定士の協力要請が届いたのです。
新潟県より応急危険度判定士の協力要請が来ておりますが
緊急要請のため,派遣日程,派遣人数等の詳細はまだ未定です。
要請があり次第,随時ご連絡をしておりますので,
日程などに関わらず,ご協力いただける方は
氏名、所属、危険度判定士番号を明記の上,
niigata-aba@mbr.nifty.com 宛にメールをよろしくお願いいたします。

2011年03月12日(土)

知らなかったニュージーランドは地震国

あこがれのニュージーランド、良いゲレンデがあり一度は行きたいと思っていたスキーリゾート地と単純に思っていたが多くの学生が学ぶ国でもあり、ナマズの潜む都市であったことを知らされた、何処にでも起きえる地震、無防備な人々に警鐘を鳴らす目的もあり、久々にブログエントリーする気持ちになった時に続いておきた宮城つなみ地震には度肝を抜いたおもいである。
タイミング悪く間の抜けた投稿となってしまった。