2010年12月26日(日)

地震の再現体験 起震車に乗る

クリスマスの日、過日の茅ヶ崎市の講習会の耐震講習のことが心に残っていたためか?
地震体験を身をもって知ることの重要性に目覚め、縁あったナイスの起震車に乗車させて頂いた。
コンピューター制御で阪神淡路、新潟中越、中越沖地震の再現と、カウントダウンの始まっている?東海沖地震等の予測地震をも体験した。
ショックだったのは日頃体験している行政所有の起震車によった体験では体感し得ぬ急激な地震波による激震であった、思わずのけぞり軽いむち打ち状況となりながらテーブルにしがみついてしまった。
日頃の耐震補強設計においては依頼者の経済的な事情も考慮しながら比較的費用のかからない最小の補強で済ませられるよう耐震設計並びに耐震補強工事を進めていたが今後は費用対効果では解決し得ない+αの設計思想を持って仕事に臨まねばと考えさせられた。
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2010年12月26日(日)

久々の茅ヶ崎海岸散歩

私の現住所は海岸隣接の東海岸南6丁目・パシフィックパークホテルの後地に建設された・パシフィックガーデン茅ヶ崎ですが、実際の住処は矢畑(株)加賀妻工務店の職人宿舎(飯場)として建設した木工場併設プレハブ建物の一角です。
海岸の住まいには一年の間に10日ほど住まうだけで他は職人宿舎で寝起きをしているわけです。
波の音サーファー達の息吹の聞こえるのどかな環境の海岸の住まいにいるのが最高の
喜びであり、誇りでもありますが!
貧乏性の性か、朝晩に職人集の声が聞こえる苦節50年の足跡の残るバラック作りの飯場にいることの方が不思議と心が安まるのです。
今日は久々晴天に恵まれた天皇誕生日です。
昨日のダブル講習会の閉講後アッシー妻君の出迎えで、我が住まいパシフィックガーデンへ、夏以来久々海岸住まいで日の出を迎え、しみじみとこの10数年の海岸線の変化に心痛めたのです。
目の前に広がっていた砂浜は過去多くの台風の被害にて浜は浸食されたのか、脳裏に残る茅ヶ崎海岸のイメージからはほど遠い環境へ変化していた。
浜を隅々見渡して見ると、浜を守る国、県、茅ヶ崎市行政の努力が自然の風景の中で構造物として存在し目を引いたのは複雑な気持ちでした。
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2010年12月26日(日)

新たな認識”を得た 地震の恐怖!

茅ヶ崎市建築指導課による夜間講習会が開催され、疲労困憊で参加した我々技術者も、紅一点Y氏のソフトな司会に肩の力も抜け、リラックスできた事は何よりであった。
課長から参加者へのご丁重なねぎらいの挨拶で始まり、最近難関な国家資格に見事に合格したH氏による技術的な指導、司令塔のO氏による地震に備えた茅ヶ崎市の取り組む事業説明並びに講義を受け、有意義な講習は予定通りの20時に閉講となった。
当日は13時より横浜にある神奈川近代文学館において平成22年度の木造住宅耐震実務講習会を受講し技術的な講義を受け17時閉講。
引き続き、茅ヶ崎へ戻りタイアダブル耐震関連講習会出席。
18時30分~のタイアップ90関連講習であったが、茅ヶ崎市建築指導課所属、タイアップ90担当スタッフの、地震に備え市民を地震から守る努力に敬服した。
弊社の耐震事業も建物を地震力から守り、市民の生命財産、暮らしを守ることに意義を感じ仕事を通じ実行していく事を念頭にした職人指導をせねばと心新たにした。

2010年12月07日(火)

ライオンズクラブに入りませんか

昨日も忙しい一日でした。
9時~11時 事務所にて先般、合い見積をお断りしたリフォーム工事の契約書を作成。
13時~15時 新宿オゾン 国交省委託先導モデルエコリフォームTRQ戦略会議。
17時~20時 藤沢グランドホテル 330B地区ライオンズクラブキャビネット会議出席。
9時からのこと、合い見積もりをお断りした方より、弊社の顧客様に対する姿勢を高く評価、ご理解いただき契約と相成った次第であります。
特命を頂いたお陰でお約束通りたっぷりと時間をかける事ができ、喜んで頂ける設計提案ができた為か依頼者に満足して頂いた結果のご契約である。
13時からのこと、新宿オゾンデザインセンターでは会議後、講演会出演依頼
・来年1月29日断熱リフォームパネルデスカッション出演、
・2月12日エコリフォーム実例発表を兼ねた講演出演。
来年も忙しい年になりそうだ、ちなみに来年は私の干支・兎年なのです。
17時からのこと・ライオンズクラブに在籍して35年が過ぎた、入会当時は会員数も50余名の会員数であったが、世間の荒波に飲み込まれ現在は20数名となってしまった。
体長を悪くして退会する者、病気で亡くなった者、事業に失敗し退会する者や夜逃げ当然に姿を隠した友人達等様々な事情ではあるが、志半ばでクラブを去った仲間達がいるのです。
昨日の会議は仲間達の退会を防止し、新入会員を増強する為の研修会でした。
ちなみに私はクラブの会員増強委員会、委員長なのです。
どなたか入会しませんか、一度に沢山の異業種、異趣味、異思想、異性の志を同じくする人々、同士との絆が築けること請け合います。

2010年12月05日(日)

今年のクリスマスツリー

毎年クリスマスのシーズンになると加賀妻本社沿いの街路樹にクリスマスの飾り付けを始めて20年ほどになります。
目的は一日の現場仕事を終えて帰ってくる職人さんをきれいなイルミネーションでねぎらう為に始めたのであったが、最近では会社の前は当時より車の通行が激しく渋滞気味となっているので、のろのろ運転でいらいら気味のドライバーさんがウインドガラス越しに我が社のイルミネーションを笑顔で眺めながら通行していく姿を見受けるようにもなっています。
一時は隣のトヨタさんも飾り付けをしていたが最近は何もしなくなり加賀妻のイルミネーションだけが道行く人を和ませています。
20年たった桜の街路樹も老木となり今春伐採され身の丈ほどの若木に植え替えられてしまったので今回は妻に応援を頼み共同作業で飾り付け、市販のツリーをベースにしてその周りを囲うようにイルミネーションを点灯させたのです。
作業時間は270分なり。
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2010年12月04日(土)

テニスのポイント・エコポイント・断熱材の関係は?

今年のリフォーム受注もキャパ一杯、特命を頂いたお客様にご迷惑をかけてはいけないので当分の間はリフォーム受注控えご信頼いただいているお客様にだけ貴重な時間を使うことにしたために雑念をリフレッシュして良い設計、良いご提案をする事とした。
そのような勝手な理由で今日は久しぶりに休暇を取り晴天に恵まれたテニスコートで
友人達とゲームを楽しんだ。
ゲームの後の休憩中の話であるが、期限付きエコポイントのお陰で断熱材の入手が非常に困難になり、建築工事全般の完成工期に著しい遅れが出ることが確定的となったことを断熱メーカの友人より情報を得た。
思い出されるのは石油ショックの時に電線、セメントや砂糖、トイレットペーパーまでが買い占めで、不足してしまった訳ではないのに入手が困難になったことである。
現在の状況はその時の心理と同じ品不足を予測しすぐには使用にない不必要な断熱材の事前調達に血眼になってしまって、本当に必要な処では断熱材の入手は絶望的なのだ。
幸い弊社の断熱材は他社がまねのできない高性能なセルローズ断熱を使用しているために工事に遅れが出ることもなく安堵しています。
これは政府の景気浮揚策が裏目に出てしまい、資材の調達遅れから作業ができず暮れに向かっての職人衆の収入の道を閉ざす危険性を招いてしまったのである。
私にとっては良い機会である、満杯の受注に時間を使い過ぎて少し運動不足に陥った身体を元に戻すことに専念できるチャンスでもありメタポの予防に専念する事とする。
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2010年12月03日(金)

東北新幹線青森へ明日に到達

青森には多くの思いがある。
青森には戦時中~終戦にかけて疎開、六才の時である。
祖母に付き添われ母、妹、私は17時間をかけ青森駅へ、私が乗り物酔いで苦しみ祖母と母、周囲の乗客に介抱された事を思い出した。、
下宿屋を営んでいた母の実家で、人間魚雷で死地へ向かっていった少年兵の世話をしたご縁で、その少年兵の故郷青森県黒石の農家の納屋で、戦中~終戦までお世話になったきっかけを、母より聞かされ自分がなぜ青森で暮らしていたかを知ったのでした。
少年兵は帰らぬ人となり祖国のために海の藻屑となり、私の父はニューギニアで戦死。
そのような悲しい時代を生き抜いて15才で東京で修行奉公明けて茅ヶ崎に根を張り、23才で加賀妻工務店を設立した頃、バブルはじけて茅ヶ崎に出稼ぎに来て、悪徳手配師にだまされ途方に暮れていた青森県鰺ヶ沢の労務者集団を10人ほど、まとめて面倒見たことがあり、彼らは見事に立ち直り社会復帰を果たし感謝されたこともあった。
彼らはその後青森に帰り、リーダー格の人は今では政治家として議長を務める程の人格者となり活躍をしていますが、当時の恩を忘れずか今でも季節ごとに収穫した様々な物を送り届けてくれるのです。
上野より一七時間かかった青森も新幹線の開通により明日からはわずか三時間強でたどり着く時代となり、母が健在であれば昔を偲び黒石や鰺ヶ沢へ連れて行けたのにと母を偲んでしまった。
「何処かに故郷の便りを乗せて走る列車の懐かしさ」と、歌のようにそんな時代を走り抜けた東北本線と自分の人生がラップした今日のニュースでした。

2010年12月02日(木)

茅ヶ崎たいあっぷ90推進協議会の開催

茅ヶ崎市建築指導課のリーダーシップで推進されている協議会も一六回を迎えその成果が少しずつ良い方向に向かっているなと感じられそのような報告を受けた。
地震から市民を守る態勢作りに情熱を注いできた市職員の、OさんHさんYさんの連係プレーの結果かな。
我々建築士事務所協会メンバーもそれに答えてがんばらないといけないと思う、少なくても我々は市民の汗の結晶、税金を使った事業の恩恵を受けている事になるのだから。
工務店である私にできる事は一つ、地震の恐ろしさを知らずか?気楽で過ごす市民の皆さんへの啓蒙運動を目で見えるように表現する事と心得たり。
来年の阪神大震災発生日に向けた建築指導課の計画には喜んで協力させてもらいたいと考えている。
来年の企画は地震のさい、家の中で動き回る家具類で怪我をしないよう家具固定を推奨する実演計画、実演となると実物大のセットが必要となる筈だから少し気張らないといけないかな。
震災直後は、阪神、新潟、能登と調査にボランテアで参加、その際の写真を会社で展示したこともあったが余り多くの人は見にこなかった事が思い出される。
カウントダウンが始まっている地震とどのように向き合うのか?
手遅れにならねば良いが!