2010年02月22日(月)

湘南のホームレスさん

茅ヶ崎駅の通路で・ビックイシューと言う雑誌を売っている・ホームレスのTさんがサークルを作った。
ビックイシューという雑誌はホームレスさんだけが販売でき、収入を得て自立をめざすことを目的に創刊された雑誌です。
以下は路上生活者・Tさんからのメッセージです。
仕事を探して、アパートを借りて、生活をするまでのステップは、色々大変な問題があり、なかなかできないのが現実です。
私達販売員は普通の生活を夢見て日々頑張って・雑誌ビックイシューを販売しています、しかし販売員から自立し、一般社会へと戻った人はまだ数人ですが、私達販売員は頑張りますので皆様のご支援、御購入を心からお願いします。
 以 上
このTさんとは2年ほど前に出会い、会えば必ず雑誌ビックイシューを300円で購入させてもらいます。
ページ数の少ない雑誌ですが逆に読みやすく興味をそそられる内容が豊富ですから皆さんも是非購入されることを切に願う気持ちであります。
私はこの機会にTさんの結成されたサークル活動に賛同し湘南地区だけでも200人以上いると言われている派遣切りの被害者、ホームレスさんが再起できるような、活動の手伝いをすることにした。
幸い私の手元には 
設立後4年を迎える・NPO法人 暮らしと住まいのネットワークセンターがあるのです。
もしかして明日は我が身かも知れません?
運良く生活のできる恵まれている今の内に人様のお役に立てる何かをしませんか。

2010年02月11日(木)

関東大震災”の震源地は茅ヶ崎市”!

関東大震災”の震源地は茅ヶ崎市周辺!だと言うことは知識としてあった、しかし確信は得ていなかったのであるが ・まさかは ・まことであったのです。
茅ヶ崎市本村八王子神社周辺を震源とした、大正12年9月1日午前11時58分45秒本村八王子神社では祭典の真っ最中境内の建物は、ばたばたと全ての建物が倒壊したが、霊験あらたかな神社のためか一人の死者も出なかった!と記された立て看板が立てられ当時の残骸が展示されています。
あらためて文献を調べると茅ヶ崎市街、平塚市街は全滅と記されていたのであった!
*茅ヶ崎市民の皆さんにこの事実をもっと知って耐震補強の重要性を認識して欲しいと思います。
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2010年02月08日(月)

茅ヶ崎たいあっぷ90とは?

今日は茅ヶ崎たいあっぷ90推進協議会開催日、1部2部とも参加、とても有意義な会議であった。
茅ヶ崎たいあっぷ90とは?
平成20年3月に策定された「茅ヶ崎市耐震改修促進計画」を、我々市民が身近に感じられるようにと市で親しみやすいネーミングを公募しその結果の愛称が「茅ヶ崎たいあっぷ90」なのです。
愛称の理由・意味は「耐震化率(・たい震化率)を ・90%に アップ(あっぷ) するため、我々「市民と行政の ・タイアップ が欠かせないと言った意味が込められています。
茅ヶ崎たいあっぷ90推進協議会の設立
茅ヶ崎たいあっぷ90の趣旨をふまえ、平成21年9月25日に市民・事業者・行政の協働による協議会が発足しました。
茅ヶ崎たいあっぷ90推進協議会は、地震による被害を防止、軽減させ、市民の安全・安心を確保する事を目的に設立され定期的な会議開催の他、各種イベントを企画・開催し私も参加している。
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行政に負けず加賀妻のできることを考えてみた。
弊社アンテナショップ 東海岸北鉄砲通り、ローソン前の・自然工房を基点に おこなう
①耐震診断啓蒙活動 ②街並み循環しての危険建物予測調査 ③高齢者居住宅への無料家具転倒防止器具取り付けサービス ④暮らしと住まいの駆け込み寺、NPO法人暮らしと住まいのネットワークセンター自然工房の存在アピール ⑤ 弱者対象、自己負担無しの耐震診断協力 ⑥震災時の救援体制の具体的体制作り等々考えていることを今から一歩ずつ前進させよう。

2010年02月07日(日)

地域の学校ふれあい教室

いつの間にか地域の学校対象としてお手伝いしてきた様々なふれあいから10余年が過ぎた。
この事業は業者が見返りを期待しておこなう一般向けイベントとは時限のちがうことであり、望まれて初めて取り組むことのできる名誉あるボランテァ奉仕事業と自負している。
社長をリーダーに
大工さん、社員総出で参加する小学生木工教室では各学校共120人ほどの子供達を対象に木材と大工道具に接する機会を提供して物作りの楽しさを知ってもらうこととして行って来た結果過、梅田小学校、円蔵小学校、小和田小学校、浜須賀小学校を対象に年々指導校を増やしています。
棟梁の出番は
技術を伝授、自ら職人となり道具使いから技術実施指導、講演では腕に職(技術)を持つことのすばらしさなどを身振り手振りで講義、自分も楽しいが生徒達も純粋に目を輝かせてその中に飛び込んでくれる、過去の指導経験では手先の木工作業において男子生徒さんよりも女子生徒さん方が優れているように感じられる。
中学校対象では学校へ出向いておこないミニ講演会、大工作業体験木工教室、
逆に会社に招きおこなう職場体験等も年々数が増え、今までに梅田中学、萩園中学、鶴峯中学、浜須賀中学、寒川中学、小和田中学等の生徒を受け入れたり訪問したりと大忙しでありますが、子供達が私達とのふれあいを通して自分の将来を見据えたり、職業に対する知識をもてればと願っています。
直近では3月18日9時より鶴峰中学校にて・ふれあい講座を受け持つことになっている。
*女大工さんの”たまご”
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*作業場での実習
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2010年02月05日(金)

耐震診断依頼者からテニスに誘われた

私の得意技は耐震診断と耐震補強、昨年末市役所の耐震相談会に訪れたTさん、緊急に耐震診断を依頼され、診断の結果は阪神淡路大震災クラスの地震、震度7で倒壊の可能性ありとの診断結果であった、クリスマスまで24日、その日までに家をそっくり耐震改修して欲しいとの依頼に一瞬躊躇したが事情を伺い暮れの忙しい時では有ったが突貫工事を引き受け職人衆の協力を経てどうにか約束を果たし24日ぎりぎりではあったが倒壊しないレベルに耐震改修する事がことができたのである。
耐震診断並びに補強設計、施工に至るまでの作業は責任の重い特殊技術を持って初めて果たせる任務ですが中には資格があるからと木構造も知らず施工経験もない級建築士が携わることがありますが多くの被災地での悲惨な状況を知る私にはとても恐ろしいことのように感じられます。
先にも述べたが、耐震診断や改修工事は費用もかかるため依頼されて初めて手がけられる作業ですが、いざ地震が発生してしまえば依頼されなくても自発的な救援ボランティアで行動に移すことができるのである。
我々工務店でなければできない人命救助、地震発生時には大工の知識経験を発揮するときでありその瞬間がもう近くまで来ているのかも知れない、その日のためにブルーシートや木材切断用のエンジン付きのチエンソー、ジャッキ、金テコ、発電機の準備を進めておこう。
突貫改修工事がご縁でテニスの話題からお互いテニスの趣味があることが分かり手合わせをする事になりました。
去る土曜日の午前・遠藤パブリックテニスコートにて久しぶりにラケットを握ったがキャリア30年の私であるが毎週テニスを楽しむ彼らグループには歯が立たなかったがフットワークだけはひけをとらなかったのが今後の自信につながった。
ちなみに私が年齢的には70才で最高齢者であったことも誇りである。
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※新しく購入したテニスエルボを防ぐ衝撃吸収ラケット!
  ☆バックは、キャリア30年のお付き合い
  ☆シャツは加賀妻グループ用
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2010年02月04日(木)

ふと大雄山へ

初めて大雄山へ登ったのは23年ほど前になるか社員総出で夕食会をとるついでに登ったのが初めてであった、現在社内の行儀見習い、当時1才の雄介を前で抱えて一気に350段の石段を駆け上ったのが初めての参拝であれから47年たったのだ。
特に信仰心が有るわけではないが、言い伝えでは職人衆の神社と言うことらしく年に1~2回は登っている。
境内には大きな天狗様の像がまつられ、大きな高下駄がいくつも奉納されています。
47才で石段初登頂は5キロほどを抱えて一気に登ったわけだが70才の今回は身軽にも関わらず登るにはかなりしんどかったが休むことな頂上へ行くことができた。
今回初めて妻の足首の回復と、身内や親しい人へ忍びよっている病魔の克服をお賽銭100円で願ったのです。
この階段のぼりが現役続投のバロメーターなのかもしれないな、足腰が弱り一人で登れなくなったときが潮時か!350段4分ほどでの制覇、次なる時は?
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2010年02月02日(火)

15年目のさとり Ⅱ 工務店の努め 

15年目のさとり Ⅰ で完結させたはずの工務店のさとり本文がなぜか?消えているのに気がついた
ずいぶん気を入れて想いを綴ったのにざんねん至極である。
きっと写真を添付するのに手間取ってしまい、うっかり弾みで消去させてしまったのであろうが改めて書き直す気力はあまりのショックで失せてしまったのであります。
しかしです、折角15年目のその日に震災地神戸を訪れた目的だけは知って欲しいので簡略に結論のみ記すことにした。
茅ヶ崎市がおこなった鳴り物入りの減災シンボジュウムは結果の評判はとても良かったとの評価を参加市民の方々から頂けたことは誠喜びであり、その方々の生命財産をお守りするヒントを発信できたことは何よりで、目的は果たせたと思っていますが参加されないその他大勢のお気の毒な!地震発生時の”被災候補者!の為に、神戸で実際の救援を手がけた消防署職員さんの手記や写真を見、茅ヶ崎市民の被災候補者を救援する手法を学ぶための15年後の神戸入りです。
建物が倒壊し家の下敷きになり救助を待つ被災者の救済方法を学びに、15年目に発表された被災者救援の写真展を視察尊い命が失われた瞬間写真からそのヒントを得ることができました。
いざ地震発生となれば建物の構造に詳しい私達大工職人衆が率先して家屋の下敷きとなっている市民の救済にあたるべきであると悟ったのであります。
生命財産の損害を最小限に抑え、緊急の手助けをする民間救助隊のコーデネーター役を引き受けることが阪神、新潟、能登、柏崎と地震発生のたびにボランテァ経験を積んできた小生の役目と思うのです。
すなわち救援依頼、緊急応急修理等の連絡受付センター、を立ち上げ司令塔となるのである。
今のうちから救援司令塔を立ち上げその存在を市民に知らせておくことが必要でありその先鞭をつけるのが地元一番店加賀妻工務店のつとめであり、協力して市民生活を正常化させていくのが地場の工務店のつとめである。
続きはいずれ気をとり直せた時に。