2013年01月21日(月)

私と父親の生活

母親が亡くなり、家を出て父親と二人暮らしを始めて1年3ヶ月が過ぎた。
 
大正13年12月6日生まれの父親、介護申請を行い要介護と診断され、一日に二回午前と午後にヘルパーさんが来てくれる。
調理と洗濯と掃除を頼んでいる。調理は助かる。
当初は宅配の弁当を取っていたがほとんど食べず毎日捨てていた。
4社ほど変えてみたが、状況は変わらず。
プラスチックの汚い弁当箱に詰められた冷たいご飯と冷たいおかず、そばにはカップメンの食べ残し。
 
父親の性格は大人しくとても優しい朗らかな人柄だ。文句は言わない。
毎日、早く仕事は切り上げ、食材と生活用品を買って帰る。
私、大きな声で「ただいま~」父親「おう、来たのか?」
買ってきた食材を机に並べて見せると、嬉しそうに「助かる、有難う、有難う」と喜んでくれる。
明日はこれとこれを食べるんだよ、そう言ってから冷蔵庫に仕舞うが、たいてい忘れている。
 
耳も遠くなり、一日中家の中で過ごしている。
外出は出来なくなった、お風呂にも入れない、何度もデイケアーを試みるも全く行かない。
あんな所はもう絶対行きたくない、頼むから止めてくれと・・・
最近では呆けも進んできた。
電気料金の領収書を貯めて、郵便局に持って行けば、お寿司と交換してくれると言っている。
先日は私の新しいゴルフクラブを近所に3回も忘れ物ですよと置いてきてしまう。
 
突然夜中に胸が苦しいと救急車で搬送され私立病院へ、看護婦さんから、大丈夫ですか、どうされましたか!・・・足が痛い・・・そんな調子。
体は健康とお医者様。
 
腹が立つ時も、怒鳴りたい時もあるがグッと我慢、刺激を与えると、動揺してしまう。
22日には姉と一緒に再度ケアマネさんと事業所のジャパンケアさんへ、お風呂とトイレの支援の相談とお願いに行きます。
臭いの中での食事は厳しいです。
・・・ダイエットには最高ですけど。…頑張る。
 
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